黒岩涙香「幽霊塔」

ジャーナリスト、翻訳家、そしてなにより日本ミステリ界黎明期の最重要人物。「レ・ミゼラブル」を「ああ無情」、「モンテ・クリスト伯」を「岩窟王」として訳した人物でもある。
「幽霊塔」も翻訳小説で原作はウィリアムソン「灰色の女」とのこと。といっても私はその作者がどういう人か一切しらない。ちなみにこの小説は乱歩も同名で翻案している。翻訳ではなく。この涙香集および、乱歩全集の解説によると、「幽霊塔」と題されたこの作品の原作は永いこと謎だったそうである。判明したのは結構最近らしい。原作が解らない以上、翻訳は出来ようはずも無く、そのため乱歩は涙香の家族の許可のもと、「幽霊塔」を涙香の訳をもとにしてリライトしたのだそうだ(だから翻案)。ちなみに内容は両者とも細部に違いはあるが、大筋では同じ。個人的には乱歩のほうが読みやすかった。
叔父の買い付けた屋敷を検分に訪れた主人公。そこで罪人として死んだ女の墓を詣でる美女に出会う。屋敷には幽霊塔と呼ばれる時計塔が存在し、女はその塔についての秘密を知っているらしいのだが・・・。
謎の美女と殺人事件、幽霊塔にまつわる暗号と盛りだくさんの内容で、今読んでも結構面白い。
ちなみに登場人物は翻訳によってゴードンが権田、ポーラがお浦、ミス・トレイルが虎井夫人となっている。謎の医師ドクター・レペルはそのまま。これだけ聞くと、胡散臭そうな医者はやっぱり外国人にしたほうが雰囲気でるんだろうかと思われるかもしれないが、全員原作通りイギリス人という設定です。乱歩版が日本を舞台に改めていたので、私も途中まで違和感を感じつつも舞台は日本だと思って読んでいた。だってしょっぱなから丸部家がどうこうってはじまるんだもん。確かに「英国で時計台の元祖」とか「国王」、「倫敦」とかあって妙だなとは思っていたのだが・・・。
今の感覚でいうと、丸部道九朗とか松谷秀子とかいう名前のキャラクターがイギリス人だと言われても・・・って感じだな。ただ、翻訳小説を世間に根付かせるには良い方法だったのかもしれない。カタカナ名をつけるよりは馴染みやすかっただろうし(カナ名と漢字名が混在しているのはどうなのだろうとは思うが)。