渡辺温「アンドロギュノスの裔」

1930年に27歳の若さで事故死した渡辺温の作品集(氏は新青年の編集者でもあり、谷崎への原稿催促の帰路、事故にあう)。 この作品集は1970年に刊行された単独では初の作品集。小説、シナリオの他、谷崎、実兄の渡辺啓助、友人で同僚でもある水谷準、…

Deacon Taylor From Spoon River

エドガー・リー・マスターズの「スプーンリバー・アンソロジー」という詩集がある。 架空の町であるスプーンリバーに住む住人たちの人生を描いているのだが、この作品、とてもユニークなことに死者による回想という形式を取っている。 墓場の中から死者たち…

違和感

まあ、どちらかというと難癖の部類になってしまうのだが、一度頭の中で固定化したイメージは中々引っぺがせないという話。 ハルバースタムのフィフティーズの翻訳を読んでいて、「カール・サンドバーグ記者」という言い方に違和感を覚える。 アメリカ文学畑…

響きと怒りより

『いや、結婚なんかしませんよ。俺にはいまだって面倒を見なくちゃならん女がゾロゾロいるんですから、もし嫁さんでももらったら、そいつはきっと麻薬中毒かなんかになっちまうでしょうよ、わが家にまだいないのはそれぐらいのものですからね』って言ってや…

内田百輭「六区を散らかす」

つい先年、麹町の警察病院で丸山鶴吉氏が亡くなられた。人伝てにその訃を聞いたとき、すぐに思い出したのは浅草六区の一件である。 丸山さんの若かった頃、まだ警視総監などではなく、もっと下の課長だか部長だか、その方の事はよく知らないが、何でも保安関…

都筑道夫「推理作家の出来るまで」下巻

「軽井沢の冷たい水」より 探偵小説は戦争で圧迫され、戦後に息をふきかえして、さかんになるかに見えたが、十年とはつづかなかった。大ざっぱで、無遠慮ないいかたをすれば、本誌、別冊、また別冊、雑誌が数を出そうとして、基礎の修行のできていない新人を…

ボルヘス「ナサニエル・ホーソン」

すでに示唆した通り、私たちは十九世紀初めのホーソンの物語のなかに、二十世紀初頭に書かれたカフカの物語を際立たせているのと同じ特徴を見出すのですが、私たちはこの状況、この不思議な状況を認めると同時に、ホーソンの特質がカフカによって創られた、…

バフチン「フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネサンスの民衆文化」

笑いの歴史におけるラブレー より ほとんどすべてのロマン主義者が共通に分かち持っていた母なる天才というイデーは、この時代にとって実り豊かなものであった。このイデーのおかげでロマン主義者は過去のなかに未来の萌芽を探索するようになり、過去によっ…

徳川夢声「問答有用」藤田嗣治との対談

藤田の語るモディリアーニとの思い出 酒飲みでけんかばかりしてるんです。先日死んだキスリングなんかと、しじゅうけんかしましてね、あたしがいつも仲裁役ですよ。柔道を知ってるというので、ぼくが出ると、けんかがおさまるわけですね。 第一次欧州大戦中…

徳川夢声「問答有用」吉田茂との対談

以前読んだ内田百輭を交えての鼎談の6年くらい前。両者初対面とのこと。 上野に行ったことは?という夢声氏の問いに対して 上野はいきません。たった一度いったな。ネール首相が象の子をくれましてね、その受領式に立ち会った時です。日本から返礼に熊を贈ろ…

アップダイク「走れウサギ」

実家で本を整理していたら、ジョン・アップダイクの「走れ、ウサギ」を発掘。 10数年ぶりに読んでみる。 最初にこの本を読んだ時の私とウサギの年齢差と、今の私とウサギの年齢差が奇しくも同じ。 「ウサギ」という名は作中ではその白さから付けられたあだ…

デュアナ・バーンズ「夜の森」

10数年前の神保町の古本まつりで同叢書のホークスの「もうひとつの肌」とセットで購入したもの。 内容が全く頭に残っていなかったので、久しぶりに読んでみたのだが、やっぱり頭に入らない。 装飾過多な文章がああ、ゴシックだなあという感じはするのだが…

橘外男「陰獣トリステサ」

澁澤龍彦による選集の復刊。 表題作に加え、「青白き裸女群像」「妖花イレーネ」の2作も収録。 表題作は「青白き〜」は著者お得意の異種婚モノの系列。 後者は厳密に言うと異なるが、亜流としてよいのではと思う。 (差別的だ!と怒られそうだけど) 美女(ヨ…

ベンヤミン「パサージュ論」

蔵書整理で発掘したパサージュ論をボードレール周りの部分だけ見直す。 「彼は、告解のような穏やかな調子で自分を語り、霊感を受けたふりをしなかった最初の人である。初めて彼が、パリを(の風に揺れて街路に点るガス灯、レストランとその換気口、病院、賭…

ディケンズ「イタリアのおもかげ」

ヴェスヴィオ観光時、登れなくなった観光客を担架に乗せて運ぶ人たちの気合を入れる合言葉 「勇気を出せ、友よ!そうすりゃ、マカロニにありつけるぞ!」 (P335)

グラムシ・セレクション

スキャンする前にもう一度読んでみた。 政治的人間が、自分の時代の芸術に特定の文化的世界を表現するよう圧力をかけることは、政治的行為であって芸術批評ではない。新しい文化を目指して闘っている文化世界が、生きた必然的事実であるなら、その膨張力は抑…

半年くらいに渡って悩んできたドキュメントスキャナ(Scansnap 1500)をついに購入。 今までは学生時代に取り寄せたり、コピーとったりした論文をスキャンしていた。 これはせいぜい多くても50ページいかないくらいなので、安いフラットベッドスキャナーでも…

ピンチョン文庫化

筑摩から出ているピンチョンの「競売ナンバー49の叫び」が文庫化。 本棚のスペースが空く。目出度い。 ヴァインランド新装版のあとがきに「Mason & Dixon」以降の作品の翻訳と既訳の作品をピンチョンコレクション的なものにする旨書いてあったが(立ち読み…

祝復刊

河出のホームページ見てたら3月にボビー・フィッシャーのチェス入門の新装版の発売予定が。 私は図書館で借りたくちだが、これいつのまにか入手困難になってたんだよな。 この人めぐっては一騒動あったしね。 今度こそは買おうっと。

F・L・アレン「シンス・イエスタデイ」より2

第10章では30年代の文学や映画などの娯楽について概観を述べている。 しかし、毎年のベストセラー本の一覧表を調べてみると、いわゆる社会派ドキュメントを読みたがる人々は、きわめて限られた数しかいないことを示しているようにみえる。定価の高い書き…

F・L・アレン「シンス・イエスタデイ」より

1920年代を描いた「オンリー・イエスタデイ」に続き、1930年代のアメリカを描いたのが本作。 1932年、経済不況のただなか、共和党は大統領候補に現職のフォーヴァーを擁立。 それに対して民主党はF・ルーズヴェルトを大統領候補に指名した。 ア…

都筑道夫「都筑道夫の読ホリデイ」

1989年から晩年まで書き続けられたエッセイ集。 ミステリマガジンに連載していたこともあり、メインは翻訳ミステリの書評。時々映画の感想や知人との交遊、家族の話題などもはさまれる。 自身、作家であり翻訳も手がけていたこともあるせいか、日本語表現に…

ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ「パターソン」より

アメリカモダニズム詩を代表する一人。国外にその活動拠点を求めたパウンドやエリオットと対照的にアメリカ国内にとどまる。ホイットマンとギンズバーグをつなぐ人物。 第三巻?より 四月のことを歌ったのはだれだったか。ある 気のふれた技術者だ。繰り返し…

トムリンソン「文化帝国主義」より

学生時代のノートを整理していたら、当時読んでいた本からの抜粋が大量に出てきた。 抜粋しただけでそれ以上まとめてはいないのだが、それでも当時の自分の興味関心の一端が垣間見れて面白い。 文化帝国主義を脅威として感じる知識人には、そう感じない大衆…

アプトン・シンクレア「ジャングル」

アメリカ古典大衆小説コレクションの一冊。重苦しさではこのシリーズ随一かもしれない。 オズやアルジャーやロマンス譚などとならんでいるとちょっと異色だが、法律制定までつながったこの影響力は確かに「大衆」小説。 文学史的にはシンクレアといえばマッ…

シンクレア・ルイス「本町通り」

シンクレア・ルイスの代表作にして、邦訳で入手可能なものの中では一番容易に手に入るであろう一作。 原題はMain Streetで、文学史や文化史の本によってはそのまま「メインストリート」と紹介しているものもある。 アメリカ文学史/文化史的に言うと、ルイス…

バフチン「ラブレーにおけるグロテスクな身体像とその源泉」より

バフチンのラブレー論中より抜粋。 これほど壮大な規模で糞尿を論じた文章を私は他に知らない。 尿は(糞と同様に)陽気な物質であって、恐怖を格下げすると同時に、恐怖感を和らげて笑いに変えてしまう物質だということを忘れないでおこう。糞がいわば身体と…

「都筑道夫 ポケミス全解説」

都筑氏が早川で編集者をやっていた時期のポケミスの解説、及びEQMMの匿名コラムを収録したもの。 装丁がまんまポケミスなのは御愛嬌。 載っている作品自体はほとんど未読だが結構楽しく読めた。 同出版社から出ている都筑氏自身による半生記「推理作家が…

フォークナー「サートリス」

フォークナーの3作目にして、ヨクナパトゥファサーガの一作目。 フラッシュバックや意識の流れ、時系列をあえてごちゃごちゃにした構成などは一切なく、初めからラストまで時間の流れは線的である。 登場人物もサートリス家とその周辺に限られ話は全体的に…

ボルヘス「続審問」より「城壁と書物」

ボルヘスが秦の始皇帝を語ったエッセイ。タイトルの城壁は万里の長城のこと。また、書物とは始皇帝が行った焚書を表している。 この中に次のような記述がある。 あの伝説の「こうてい」(黄帝)-書記法と羅針盤を発明し、『礼記』によれば、書物にその真の名を…