戸板康二「目黒の狂女」

雅楽シリーズの70年代〜80年代前半の作品を収録。当時の単行本のあとがきで著者は

初期のものは、殺人が行われ、警察の捜査に役者が協力する形を取っていたので、江川という刑事がいつも登場した。
近年の小説は犯罪の出て来るものがすくない。ちょっとした、気になることを、雅楽がさばいて、不安を解消し、トラブルを収拾するというのが、書きやすいのである。

と述べている。初期の雅楽ものは殺人事件、誘拐、監禁などといった刑事事件も多く取り扱っていたが、この巻の収録作ではそういった事件は全くと言っていいほどない。事が公になればそれなりに問題になりそうな話が2,3ある程度である。話の中心にくるのはほとんどが色恋沙汰。まあいまも昔もといったところか。自身で「書きやすい」(これには読者に受け入れられやすいという意味も少なからずあるのだろうが)と言っているだけあって、非常にうまい。もっとどろどろと心の闇的な部分にせまれる素材であるが、あえて人情とユーモアを全面に持ってきていてきれいにまとめている。
竹野記者は大正元年生まれなのだな。私の祖母とおんなじだ。ちなみに雅楽は明治生まれ。正確な年代はでていなかったと思う。
そんな2人の「四番目の箱」でのやりとり。

「しかし、竹野さんは若いから、女性といるのも嫌いじゃないでしょう」
「冗談じゃありません」と笑った。私を若いといってくれるのは、雅楽くらいのものである。