ユージン・オニール「楡の木の下の欲望」

シンクレア・ルイスに続いてアメリカ人では二人目のノーベル文学賞受賞者。アメリカの劇作家では初。
とはいえ、ルイスもオニールも後続のパール・バック(というか「大地」)、フォークナー、ヘミングウェイスタインベックらと比べると日本での知名度はいまいち。まあ、比較対象が悪いといえば、いえる。なんせこれらのビッグネームは同じ作品が複数の出版社から文庫化されてて、今でも普通に買えるし。一方ルイスにしろ、オニールにしろ代表作が一応岩波に入っているとは言え、絶版と復刊の繰り返し(だから図書館や古本には結構あるが)。ベローもそうだな、そういえば。
私はアメリカ文学の専攻だったのだが、文学史の講義がなかったため文学史の知識は独学で、正直かたよっている。特に馴染みのない演劇は後回しにしていた。そんな演劇の一番最初にあがっていた名前がオニール。それに続くウィリアムス、ミラー、オールビーなどと違って聞いたことがない名前だったのが逆に興味をそそられた。作品のタイトルも何だかよい感じのものが多いし。
ちなみにウィリアムスなどを知っていたのは高校の時に手塚治虫の「七色いんこ」を愛読してたため。
それから約十年、やっとこさ読んでみた。
オニールは1920年代から活動をしており、作家としてのキャリアではヘミングウェイフィッツジェラルドよりちょっとはやいくらいだが、年齢は彼らより10歳以上年長。そのため、青春時代に強いドルを背景にヨーロッパ暮らし(いわゆるロストジェネレーションね)なんてわけにはいかず、金鉱さがしたり、南米〜南アなどを転々としたりするかなり根無し草な人だったらしい。
なんか作者というより登場人物といったほうがぴったりなパーソナリティに思えるのだが。
作品の舞台はニューイングランド、巨大な楡の木が二本たつ家での家族の悲劇を描いている。タイトルの「楡の木の下」とは文字通り、この家のこと。なお、章前の説明ではこの木は一種の「邪悪な母性」を感じさせる何か、抑圧的なものだとの説明がある。
まず三人の兄弟が登場する。彼等は異母兄弟で、父親は現在不在であり、どこに行ったかもわからないことがわかる。とはいえ、風来坊的なダメ人間というわけではなく、どちらかというと暴君タイプの厳しい人物であること、息子たちは彼を憎んでいることが会話から察せられる。
まもなく、父親が若い女性を新しい細君として連れて来るという知らせが届き、嫌気がさした上の2人は家を飛び出し、一攫千金を夢見てカリフォルニアに金を掘りにいってしまう(ちなみに2人とも三十代後半。あらかじめ説明がなければ会話から年齢は想像も出来ない)。
数少ないアッパー系の人物がこれで消え、残った末弟のエベンと帰ってきた父親、その新しい妻で物語がどんよりと進んでいく。
彼ら三人はそれぞれがそれぞれの理由で土地に執着をしめし、この家を自分だけのものにしたいと望んでいる。しかし全員が全員思慮の浅さと情欲のため、破滅してしまう。
物語は母親による嬰児殺しで幕を閉じる。まあ、現代でもたまに聞く話ではある。理由も愛する男のためというこれまた、ステレオタイプではある。とはいえ、そこに至るまでの経過は独特といえば独特でこの話のクライマックスでもある。
人物設定といい、会話といい結構面白かった。現実に起こると現代社会でも結構センセーショナルに取り上げられる話題なので、20年代アメリカではどれだけの反響があったのだろう。
なんせ、フィッツジェラルドが車の中でのキスを作品の中で描写しただけで大騒ぎになったというのだから。
もっとも現代の若者の風俗としてとりあげたからというのもあるだろうけど。