ヘミングウェイ「移動祝祭日」より2

解説にもあるが、この回想に出て来る知人たちの書かれ方はかなりはっきりしている。
呼び方からして好感度の高い人たちは概してファーストネームだし(良く書かれていない人たちで名前で書かれているのはフィッツジェラルド夫妻くらいか?)。
ジョイスに関する記述は量は少ないものの、偉大なる先輩作家への敬意が感じられるし、シルヴィア・ビーチへの深い感謝の念もその文章からは感じられる。
なかでもエズラ・パウンドはさかれている分量と登場頻度でいうとスタイン、フィッツジェラルドと並んで別各という感じがする。ヘミングウェイは彼を「聖人」とまで形容している。

私の経験では、エズラくらい寛大で私心のない詩人にはお目にかかったことがない。彼は自分が価値を認めた詩人、画家、彫刻家、作家にはいつも支援の手を差し伸べたし、だれか困っている芸術家がいれば、自分が価値を認めている相手かどうかにかかわらず、救いの手を差し伸べた。彼はみんなのことを心配していたが、私が彼と初めて知り合った頃、いちばん心配していたのはT・S・エリオットの身上だった。エズラの話によると、エリオットはロンドンの銀行に勤務しているため十分な暇がなく、詩人として活動していけるだけの時間が持てないのだという。

そしてエリオットのための基金を創設したのだが、それは結局瓦解してしまった(「荒地」の出版に関係していたのではなかったかとヘミングウェイは回想している)という。
ちなみに「荒地」の出版は1922年で、ヘミングウェイがパウンドと知り合ったのもこの年のはずである。
また、読んだ人間なら説明不要だが「荒地」成立にパウンドは多大なる貢献をしている。
解説にも触れられているがパウンドはイタリアでの親ファシスト活動で精神病院に収容されていた。彼が解放されたのは1958年。ヘミングウェイがこの回想に着手したのが1957年ごろで完成が61年とあるのでタイミング的には重なっている。
ちなみに私がこの本を読んでいて一番びっくりした名前はたった一行しかでてこないが、アレイスター・クロウリーです。すごいオチだよ、これ。