ホレイショ・アルジャー「ぼろ着のディック」

手元に研究社のリーダーズプラスがある人は「Horatio Alger」を引いて見てほしい。
そこには形容詞として「ホレイショー・アルジャー風の<<成功は独立心と勤勉とによって得られるとする>>」と載っているはずである。
作者の名前や作風が一般化されて用語として通用しているわけである。その意味ではシェークスピアヘミングウェイクラスといったら言いすぎだろうか。まあ、本場アメリカではどうか知らないが(といっても奨学金基金の名前になっているはずなので今でもメジャーだと思うのだが)、日本で「アルジャー風の」なんて言われてピンとくる人は真面目にアメリカ文学かカルチャーを大学で勉強したという人間くらいだろう。
その作風はというと、貧しい境遇の少年が努力し、幸運をつかみその境遇から抜け出し、成功していくというもの。いわゆるアメリカンドリームの神話、その原型の一つである。この作品は第一作目。ちなみに大ベストセラー。
古くはフランクリン(と文学史的にはその日記)といった実例(自己宣伝が含まれているとはいえ)が存在していたことも大きいだろう。
そしてこの作品が出版されたのは1860年代後半、同時代作家としてはトウェインがいる。リアリズムの時代、そして何よりも「gilded age」である。ちなみにアルジャーも少年たちの口語や生活スタイルを作品の全面にだすなどある程度まで時代の傾向が感じられる。
この翻訳の解説が的確に指摘しているとおり、ディック少年の成功物語には多分に運の要素が大きい。つまり誠実に努力するだけでは難しいという現実を逆説的に反映しており、これはこれである面リアルである。
予定説っぽいなあ。流石プロテスタントの国。
このあたりは「クール・ミリオン」を見る限り、ウエストもしっかり理解してそう。あれは誠実な少年が運にだけ恐ろしいくらい恵まれず、周りの人間もまきこんで不幸街道をばく進していく話だし。
今読んで面白いかと言われると、それは流石に微妙。ただ各国の児童文学に興味があるとか、アメリカ大衆文化に興味があるとかいう人はせっかく翻訳が出たのだし一読の価値はあると思う(あとは「クール・ミリオン」を一層楽しみたいとか。そんな人間どんだけいんだかって感じだが)。まあ原文も著作権ばっちり切れてるんでネットで見つかるが。