ヘスキス・プリチャード「ノヴェンバー・ジョーの事件簿」

時代は20世紀初頭。第一章に1908年との記述がある。作品執筆時期とほぼ同じなので、同時代を舞台にしたものといえる。
短編集ではあるが、一章で完結せず、連作となっている章もある。とはいえ、その場合でも合計分量的には中篇未満くらい。
カナダの森で狩猟のガイドを生業としているノヴェンバー・ジョーを探偵役とする。ちなみに語り手はワトソン役のクォリッチ氏。資産家でジョーにガイドを依頼したことから深い交流が始まる(面識はジョーが少年の頃からある)。
基本的なスタイルはジョーの職業を活かしての追跡。足跡などの痕跡から情報を導き出していくやり方は「カナダの森のシャーロック・ホームズ」と評されるようにこの作品の見所の一つ。また、ヴァリエーションも意外と豊富で、窃盗、強盗、誘拐など様々な事件を対象としている。いずれも最終的にはジョーが追跡を行うのは共通だが、そこにいたるまでの事件現場やその周辺のジョーの調査、罠の張り方などに変化をつけ、読み手を飽きさせない工夫がしてある。
都会と自然の対立項を一応持ち込んだという意味ではなかなか独創的なキャラクター設定なのではないだろうか。解説で同じようにユニークな探偵譚として上げられているアブナー伯父も大自然を舞台にしてはいるが、時代設定が開拓時代のため、周りは自然だらけという状況なのでこの作品とは赴きがちょっと異なるような気がする。
ただ、それが文明と大自然といったような大きなテーマにつながる訳ではないのも確か。ジョーは都会の外にはいるが、文明の外にいるわけではない。基本的な規範に関しては語り手のクォリッチとそう変わることはない。少なくともクォリッチの理解を大きく超えるような奇矯な振る舞いに及ぶようなことは無い。自分の判断(好意的にみれば良心といってもいいのだろうが)を法律よりも優先させることは少なくないが、その場合にしてもその判断はクォリッチの共感を呼ぶもの(=読者の共感)ばかりである。
無論それが悪いと言っているわけではない。むしろエンターテイメントとしてはそこまで踏み込まないほうが正しいような気さえする。
特徴的ではあるが、奇抜すぎない設定と短編として適度な長さ、ミステリの王道ともいえる意外な真相(犯人とか動機とか)へのこだわりなど結構な良作だと思います。