内田百輭「六区を散らかす」

 つい先年、麹町の警察病院で丸山鶴吉氏が亡くなられた。人伝てにその訃を聞いたとき、すぐに思い出したのは浅草六区の一件である。
 丸山さんの若かった頃、まだ警視総監などではなく、もっと下の課長だか部長だか、その方の事はよく知らないが、何でも保安関係の責任者だった当時、前前から問題になっていた風紀粛清の為に、衆望をになった形で丸山さんは六区に手を入れた、
 断乎として事に臨み、寸毫も仮借するところなく処理した。
 (中略)六区は潰され、風紀をみだした魔窟は取払われたが、しかしそこに巣くっていた大勢の醜業婦は生きている。生きて路頭に迷う羽目になった。
 その結果から云えば、丸山さんは今まで六区と云う一郭にいい工合に纏まっていた彼女等を、御自分の手で辺り一面、所かまわず撒き散らした事になる。