パーシヴァル・ワイルドその2

「悪党どものお楽しみ」は1920年代に発表された短編をまとめたもので短編集としての出版は1929年。ちなみに1929年はハメット「血の収穫」、クイーン「ローマ帽子」が出版された年でもある(大恐慌のはじまりの年だったりもする)。
元ギャンブラーで現在は農夫のビル・パームリーがいかさま師たちの手口を暴いていく連作短編。ちなみに私は上記のような説明文を見たときに何となくビルを結構な年齢の爺さんだと勝手に思っていた。実際は作中で25歳の誕生日が描かれているとおり、20代半ば。10代で故郷を出奔してギャンブルで生計を立てつつ放浪。故郷に帰ってきてある出来事により、改心し、父親とともに地に足をつけて農夫としてくらしている(このあたりの経緯が最初の話で描かれている)。
そんな堅実な生活をしている彼が、詐欺師と対峙するためとはいえ、なぜ再びギャンブルの世界に、足を踏み入れるのか。そこには当然きっかけがある。それがこの作品のもうひとりのキーパーソン、トニー君である。そもそものきっかけは自動車運転で難儀していたトニー夫人をビルが助けたことにある。車中で話を聞くうちに彼女の夫たるトニーがたちの悪いいかさま師の餌食になっていることを察したビルは彼女のため、いかさま師たちと直接対決することになる。
これが奇縁の始まりで、トニーも一応はこりたのか、自身が詐欺師に騙されることはあまりなくなる。ただ、ビルの話などを聞いて以来、他人の勝負事でもどちらかがいかさまをしているのではなかろうかという目で見るようになる。見るだけならまだ良いのだろうが、不用意な事を口にだし、厄介事に巻き込まれてしまう。その都度自力では脱出できずビルが後始末をする羽目になる。
トニーがボケ、ビルが突っ込みという感じの楽しいやり取りが全編にわたって繰り広げられている。教訓話めいたところが無いとは言わないが、殺伐とした雰囲気のない後味の良い軽めの良作。おすすめ。
特に第3話冒頭の電報でのやり取りが秀逸。大意としては
トニー:詐欺師発見。助言乞う
ビル:勝負するな
トニー:しちゃった
ビル:じゃあ必要なのは助言じゃなくて同情だろ
トニー:勝負するまでそいつが詐欺師だなんてわからなかったんだ
ビル:君は賭けで生計を立ててるわけでも、生活に困ってるわけでもないんだから賭博はやめろ
トニー:とにかく助けに来てくれ
ビル:嫌だ
トニー夫人:助けに来てくれませんか?
ビル:・・・行きます
最後に奥さんを引っ張り出すあたりが絶妙に卑怯で楽しい(当人たちには自覚はなさそうだが)