オーガスト・ダーレス「ソーラー・ポンズの事件簿」

ダーレスというと、(知っている人間は)10人中8人は怪奇小説、というかクトゥルフ神話界隈で名を知ったのではないだろうか。ちなみに私はそうです。
そんな彼の書いたミステリがこのソーラー・ポンズもの。多作家という印象はあったが、その範囲も広かったらしい。
ちなみに心霊探偵ではなく、純粋な探偵もの。邪神も呪いもでてきません。「ダンウイッチ公爵」などという名前はでてくるなどの一種のお遊びはあるけれど。
このポンズ探偵、設定が興味深い。
事件に際し助手を務めてくれる友人と同居。友人の職業は医者。身の回りの世話をしてくれる老婦人がいて、上流階級に広い人脈を持つキレ者の兄がいる。警察ともつながりがある。
どこをどう見てもホームズである。違うのは年代で、ホームズよりはあと。「プレード街のシャーロック・ホームズ」などと呼ばれている(ちなみに兄の名はバンクラフト・ポンズ。こっちは本家にかなり近い名前になっている)。
ただパロディとは違う気がする。ここには少なくとも批評的精神は乏しい。単純にホームズものが好きなので、自分でも書いてみました的な作品。
「沼地の廃墟」に次のようなやりとりがある。ワトソン役のパーカーが依頼人の名刺を見て次のように推理する。

「ぼくの観察によれば、この男は先の太いペンを用いている。筆跡から察するに、しっかりした堅実な男らしい。一貫してローマン字体のeを用いている。ぼくの直観によれば、この男はインテリだね」
ポンズはにやにやし、ふたたびくすくす笑い出した。
「きみはどう思うんだい?」わたしはいささかむっとして反問した。
「ま、似たようなもんだがね」ポンズはこともなげに答えた。「この男、生まれはアメリカ人だが、かなり前からイギリスに住んでいる。資産家で、齢は三十五から三十九のあいだ、それに、この男の祖先はおそらくアメリカ南部にすんでいたのだろうが、両親はたぶん共和党びいきだろうな」
「あったことがあるんだな!」
「ばかな!」

この後ポンズの反論(というか解説)が始まる。余談だが後代には「あったから知っている」的なことを堂々と答える名探偵も普通にいます。
この些細なことがらから多くの情報を引き出すやり方はホームズで最も有名な所で、ポンズもそれを踏襲している。有名であるがゆえにかなり早い段階からパロディも存在したのだろう(推理してみた結果が事実と全く違いましたというネタや実は事前に調べてましたというネタはだれでも考え付くだろう)。ポンズがパーカーの突っ込みを一蹴しているのはその辺りを意識してのことかななどと特に根拠もなく考えた。