梶龍雄「透明な季節」

1977年の乱歩賞受賞作。「ポケゴリが死んだ」という印象的な出だしで始まるこの小説は戦時下の旧制中学を舞台にしている。
舞台となっているのは根津、千駄木界隈。事件は根津神社で発生し、そこの裏門坂は乱歩のD坂のご近所である。
私にとっても土地勘のある場所なので、親しみやすい。
ポケゴリというのは主人公の学校に配属されてきた将校で、

ポケットモンキー……略してポケモンという仇名は、その頃の中学によく使われていたようだ。それをもじってポケットゴリラ……つまりポケゴリというわけだ。
仇名には多分に親近感がこめられている。だが、ポケゴリにはそれはなかった。そこにあるのは嫌悪感だった。そして生徒の抵抗の姿勢だった。

まあ、学園ドラマでの高圧的な体育教師の改悪版を想像すれば大体あたっている。
そんな彼が根津神社の境内で射殺体で発見される。そこで使われた銃がどうやら学校の備品らしいということで、生徒たちも取り調べられる。
そんな環境の中、主人公が謎を解いていくという展開には…ならない。そもそもポケゴリが殺されたことを誰も悲しんでいないのでそんなことをするモチベーションがない。また、軍としても将校が民間人に殺されたとしたら不祥事なわけで、警察に対して捜査打ち切りの方向で指導する。時局的にも戦争末期なので色々な意味で余裕がないのである。
主人公は全編を通して事件に対しては基本的に傍観者である。この辺りが乱歩賞の選評で指摘されたミステリとしての弱さであろう。
前半は戦時下の学生生活を描く。閉鎖的というか、息苦しいなかでも青春を謳歌しようとする学生たち。教師への仇名のセンスや、噂話など今と対して変わらないなという感じでほほえましい。また、主人公は級長という立場のため、教師からだけでなく、本来仲間である生徒たちからもやっかいなことを押しつけられる。こっちの苦労も考えないで無責任な奴らだといういらつきを覚えたことがある人には共感できるだろう。
中盤、ポケゴリの未亡人、薫との出会いから話は動き始める。彼女に憧れを抱いた主人公は彼女に疑いがかからぬよう、証言や物証を隠したり、状況をこまめに報告に行く(という名目で会いに行く)。大したことはできないあたり、リアルである。だが、彼女との幸せな時間は長くは続かない。それは事件のせいではなく、激しさを増す戦火のせいである。そんななか、意外なところから事件の真相が明かされる。
その真相を見ると、結構細かく伏線が張ってあるのがわかる。この事件と主人公の不思議な距離感は面白い。今でいう青春ミステリとは全く違う。主人公が出会った憧れの女性。そのきっかけが事件だったというだけである。
あくまでメインは日常の描写。少年の過ごした戦時下の日常。それが楽しめるかどうかが大きな分かれ道か。