山田正紀「僧正の積木唄」

HRS-21012009-06-06

私はあまりパスティーシュには興味が持てないので、ジャンルを問わず読んだことはほとんどない。それなのにこの作品を読んでみたのは、金田一耕助ものとヴァン・ダインのファイロ・ヴァンスものという日米の代表的な本格作品に対して同時にトリビュートを捧げるという恐るべき力技を行っていたからである。
ちなみに、アメリカ時代の金田一耕助については原典にも言及があるが、このところ、毎年作成される稲垣吾朗の金田一シリーズでも一作目の冒頭に何コマか使って映像化されていた。このシリーズ、結構楽しく見れるので今後も続いていってもらいたいものである。
この作品、金田一とヴァンスへのどの作品に言及があるかというと、金田一に関してはまだ日本で探偵を始める前という時期なので、(そんな人が手に取るかは疑問だが)一冊も読んでいなくても、映像作品からイメージだけでもつかんでおけば、何とかなる。ヴァンスに関して言うと、「僧正殺人事件」の直接の続編という設定。とはいえ、読んでなくてもこの作品を読むうえでは支障はないように作られている。
舞台は太平洋戦争開戦前、反日感情高まるアメリカ。そこで起きたとある殺人事件から物語がスタートする。事件の場所はかつて僧正殺人事件が起こった舘。そしてそこには「僧正」の署名。僧正殺人事件は実は解決していなかったのではないかという疑問をいだきつつも、捜査陣は現場にいた日本人使用人を逮捕。
反日感情による偏見で容疑者が犯人に仕立て上げられること、そして犯人が日本人であるとなった時に起こるであろう事態を憂慮した人々の要請で金田一耕助が事件に挑んでいく。
この作品内では、ヴァンスは過去の人として、敬して遠ざけられている。現在のヴァン・ダインの扱いと二重写しといってはいいすぎだろうか。本人もどこか超然としており、事件にも関わろうとしない。なので、ヴァンスと金田一の推理合戦というある意味お約束的展開はない。
なお、ヴァンス以外の有名人としては、名前は登場しないが、ハードボイルドの始祖と彼の創作した探偵のモデルとして設定されているキャラクター、某チャンバラ時代劇ヒーローのモデルとして設定されている人物などが出てくる。また、容疑者がハシモトということから、ミスター・モトへの言及もある。
ただ、印象に残っているのはそういった個人個人ではなく、描かれている社会のほう。
そしてそれがラストの犯人との対決につながっていく。僧正の意味や犯行の理由、計算式の謎。複線の張り方もさりげなくてうまい。
なによりも終盤、洋装を捨て我々が「金田一耕助」として知っているあの格好に着替え街を駆けていくシーンは格好いい。
これだけでも十分もとは取れた気になった。